■ 進歩制度とバッジシステム
体力に自信のある子、根気強い子、不器用な子や目立つことが好きな子……。スカウトは、一人ひとり性格や資質、能力が異なります。ボーイスカウトでは、同じ性格や資質、能力の人をたくさん育成するのではなく、集団の中でそれぞれ異なる「個人」としての成長を促し、将来的に社会に貢献できる人を育成することを目指します。
スカウティングは「スカウト教育法」の8つの要素から成り立っています。その要素のひとつである「個人の進歩」は、年齢や段階に応じて修得すべき内容について、スカウトが自分のペースと方法で取り組むことで成長を促していきます。そして個人の進歩は、他の人と比べたり合否を決めたりするものではなく、一人ひとりが自分の最善を尽くして取り組むものです。スカウトは活動を通じてさまざまなことに挑戦しますが、挑戦にはスカウト自身の「やる気」が欠かせません。「進歩制度」はスカウトのやる気を呼び起こす、スカウティングの特徴のひとつです。
進歩制度には、スカウトがさまざまな場面で発揮できる能力や可能性を育てることを目的とした「必修課目( 進級章)」と、スカウトが自身の興味関心や得意なこと、将来の職業に役立つことを修得する「選択課目(チャレンジ章、技能章など)」があり、それぞれ部門ごと(自己啓発を中心とするローバー隊を除く)に設けています。これらの挑戦によって得られるバッジ( 進級章や技能章など)は、自身の挑戦が「認められた証」であり、達成感を得ることでさらに前進しようというやる気を生み出します。また、技能を修得した証であるバッジを制服に着用することで、周囲からも頼りにされ、実際にその技能を活用する機会も増えるでしょう。繰り返し行うことで、修得した技能の精度も上がり、さらなる自信と成長に繋がります。
そのため、個人の進歩を促すためには、進歩制度と活動内容をうまく組み合わせた年間計画や個人進歩計画、活動報告を策定することが重要です。
●バッジシステムチャート
ベーデン-パウエル(B-P)は、赴任先のインドで英国本土からきた新兵たちを一人前の隊員にするために斥候術などを中心とした訓練を実施し、試験に合格した隊員に「斥候(スカウト)」の称号と百合の記章を与え、着用させました。隊員たちはその証あかしを誇りに、自らの技能と精神とをさらに高めていきました。そしてB-Pは、この体験や親交のある教育者たちの知見をもとに、進歩制度とバッジシステムを確立しました。
下記のチャートは、各部門の必修課目と選択課目の履修の流れを図に表したものです。必修課目と選択課目に挑戦することで、各部門でどのような成長を遂げることを目指すのかを改めて確認しましょう。必修課目は、各年代の成長・発達段階に合わせてスカウトとして身につけてほしい技能を設定し、段階的な成長を促します。カブ隊以下は学年ごとに必要な要素を修得し、ボーイ隊以上はスカウトとして必要な技能や知識および精神を、個人の意欲やペースに合わせて積み上げます。各自で修得に向けた目標を立てて実践し、次のステップへ繋げていくため、指導者にはスカウトがモチベーションを保つための適切な助言が求められます。
また、スカウトは自身の興味関心や才能を伸ばし、夢や自信のきっかけにもなる選択課目に取り組みます。ボーイ隊以上になると、進級の必修細目に設定されている選択課目(技能章)も増えていきますので、スカウトの進捗状況を確認し、それぞれの状況に合わせて指導してください。
■ 新型コロナによる活動自粛への対応
本誌2020年7月号(No.738)でもお伝えしたとおり、新型コロナへの対応として、進歩と進級に関する特別措置を講じます。この特別措置は、活動においてさまざまな制限が生じるなかで、スカウトの活動意欲(特に進歩に対する意欲)の低下を防ぐことが目的です。
1.考査基準および方法
今回の特別措置において最も重要なのは、進級課目の考査の根拠となる教育規程7-33「考査の原則」、7-34「考査の基準」に則して、「隊長の責任において特別な考査基準や考査方法を設けることができる」という点です。それぞれの地域において、新型コロナに関する行動制限や環境が異なりますが、スカウトの進歩や進級に必要な考査基準を各隊で設け、ただ「できること」に取り組むのではなく、困難なことでも「できる方法」を考えて、進級や活動を進めていくための配慮をお願いします。
なお、地区または県連盟における考査項目のある菊スカウト章および隼スカウト章、日本連盟への申請が必要な富士スカウト章については、それぞれ地区コミッショナーあるいは県連盟コミッショナー、日本連盟コミッショナーの設ける基準と方法に準じる必要があります。今はまだ活動が困難な状況だとしても、通常の活動に向けた準備を進め、計画していた活動にいつでも取り組むことができるように、今できることを進めましょう。
2.技能章
成果(レポートや活動内容、実績等)および面接の内容が各章の細目が示す水準に達しているか、隊長および技能章考査員が考査します。隊長考査の技能章は隊長による判断、考査員考査の技能章は技能章考査員による判断によって承認されるという点に変わりはありません(考査員考査の技能章を隊長の判断で承認することはできません)。状況により、細目の考査が困難な場合には、以下のような対応が可能です。スカウト個人の進歩・進級意欲に寄り添い、柔軟かつ十分な基準を設けて、指導にあたってください。
- 実演が必要な内容 例)パイオニアリング章:いかだ、軽架橋、信号やぐらの構築
- 実績が必要な内容 例)野営章:入団以降通算10泊以上のキャンプ
- 参加が必要な内容 例)救急章:ボーイスカウト救急法講習会またはそれに準じた救急法講習会を修了する
- 資格・認定等が必要な内容 例)武道・武術章:当該連盟で初段以上あるいはそれ相当の試験に合格する
- 成果物が必要な内容 例)案内章:踏査を行い、実施計画作成に際して十分参考になる程度の報告書を作成し提出する
1.後日実施することを前提にする
2.同等の努力と能力を必要とする課題で代替する
3.各課程と進級章取得可能期間
BVS部門 学年が上がると同時にビッグビーバーになります。
CS部門 通常は年度内に当該課程の履修を終えますが、新型コロナによる活動自粛の影響で年度内に現在の課程を完修できなかった場合、次の課程に上がった以降、新たに取り組む課程と未完修の課程の修得課目を並行して挑戦することができます( 並行して2課程に取り組む際の期間は、活動自粛期間に合わせて隊長が一定期間を定めます)。
BS部門 活動自粛に伴い、月の輪課程をカブ隊ですべて履修できなかった場合、残りの課目は、ボーイ隊に上進後、隊や班の活動において「初級スカウト章」として取り組みます。
VS部門 現高校3年生に相当する年齢のスカウトについては、2020年2月21日以降の活動制限期間を勘案し、富士スカウト章の日本連盟への申請期限を6か月延長します。今後の政府および自治体の措置による制限によっては、さらに延長することを検討します( 現高校2 年生以下に相当する年齢のスカウトについても、活動制限期間および今後の状況に応じて、申請期間の延長を検討予定)。
各課程で期間延長などの策を講じますが、プログラムの計画見直しなどを行い、年度内に進歩・進級を進めるようにしてください。
できることを探してみよう新型コロナの影響で「3つの密」を避けて行動する必要がありますが、パトロールシステムを取り入れているスカウト活動では複数人で協力して行う活動が多くあり、これまで同様の活動を再開するのはなかなか難しい状況です。例えば、ボーイ隊以上の活動では、キャンプの際にひとつのテントで複数人が生活するなどの「密」が生じます。夏の長期野営のほか、秋には班キャンプなどを計画していた隊もあるかもしれません。状況に応じて活動を中止する決断ももちろん重要ですが、例えば、それぞれのスカウトが個人テントとしてリンツーを作ってビバークに挑戦するなど、工夫次第でより挑戦的な活動にする方法を考えるのもひとつです。実際に今すぐ実践できないとしても、安心して活動できるようになったときのために考えておくだけで、活動再開に向けた一歩前進に繋がります。
何が困難で、どうしたらその問題がクリアできるか、密を避けながら活動できる方法を考える機会を作り、スカウトと一緒に新たな活動計画を考えてみましょう。
4.留意点
この特別措置のねらいは、日々変化する状況の中で「スカウトが今までと異なる視点で改めてスカウティングの面白さに気づくことにより、再び野外でキャンプやハイクをしたいという気持ちを育て、今後のスカウト活動に繋げていく」ということです。それぞれの隊や団で特別措置を講じる際は、以下の点に留意して進めましょう。
1. 柔軟な対応
スカウトの置かれている環境に合わせ、活動の方法や考査の方法を柔軟に設定する。野外や対面での実施が必要なものは、後日の挑戦などを前提に承認する。
2. 活動を通じた進歩
指導者は、単に課題を出すのではなく、スカウト自身が進級課目に興味を抱き、制限された環境下でも実施できる活動を取り入れたプログラムを提供する。
3. パトロールシステムの活用
スカウトの置かれた環境、活動制限や地域の状況に合わせ、可能な限り部門に合わせたパトロールシステムを活用する。
4. 基準の維持
スカウトが「特別に低い基準で修得した」と認識しないよう、課目への挑戦の意義や成果、「ちかい」と「おきて」の実践等を評価して、困難な状況下での修得に対して誇りをもてるよう最大限の配慮を行う。
5. 特別措置の見直し
活動制限の緩和や地域状況の変化により、特別措置における考査基準および考査方法を見直す。あるいは、状況に応じて通常の考査基準および考査方法に戻す。
■ まとめ
ここまで確認してきたとおり、ボーイスカウトは年齢による5つの部門に基づいて各年代に合わせた活動を行いますが、教育そのものはすべて一貫しています。ボーイスカウトの一員になったその日から、各課程の必修課目と自身の興味関心を広げる選択課目とに挑戦することで、初めは自分の身の回りのことができるようになり、徐々に仲間との協力などを通じて協調性や責任感を養い、最終的には、リーダーシップを発揮して将来社会に貢献できる人に成長することを目指します。特に、ボーイ部門とベンチャー部門は、より一貫した進歩制度に変わりました(2019年4月より完全施行)。この改定は、各課程において目標となる技能や知識の修得を目指す必修課目を見直し、進歩の継続性を重視したものです。求められる技能を表す進歩の目標やキーワードが明確なことにより、挑戦するスカウト自身が各課程の目標を自分の展望として認識するとともに、保護者は自身の子どもがスカウトとしてどの段階で、今後どのような成長の姿がみられるのかを思い描きやすくなるという特徴があります。
活動と進歩には大きな関わりがあります。新型コロナの影響で上半期は活動自粛が続いたこともあり、現在、予定よりも進歩が停滞しているスカウトも多くいるでしょう。自粛が解除されてからも、密を避けるなどの感染対策を講じて活動を行う必要があり、これまで同様の活動が困難な状況は、今後も続くと考えられます。ここでスカウトが進歩を停滞させたままにせず、次のステップへと進むためには、指導者からの適切な支援が重要です。まずは、今すべきこととして、特別措置に基づいて進歩や活動の計画を見直してみましょう。今回の特別措置は、隊長の判断による柔軟な対応が重要です。どのような状況においても、指導者は、スカウト一人ひとりの特性を理解したうえで、そのスカウトが課題に対してどのように向き合い努力したのかを見守り、その姿勢を適切かつ柔軟に評価することが大切です。それが、スカウトのさらなる成長や挑戦への意欲に繋がります。
私たち指導者は、スカウトが「新型コロナのせいでできなかった」「自粛していたから仕方ない」と、本来予定していたさまざまな挑戦をただ諦めてしまうのではなく、「どうしたら、できるようになるか」「何から取り組んだらいいか」を考えられるようにスカウトを支援し、スカウトとともに活動を進めていきましょう。
ボーイスカウト日本連盟機関誌「SCOUTING」2020年9月号より